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2009年6月

2009年6月17日 (水)

五度回りの和音進行

循環和音として,I-VI-II-Vが用いられるが,
この和音進行の最大の特徴は,VI-II-Vのルート(根音)が
五度回りの進行になっていることである。
(五度回りとは,V-I進行のことである。)

ハ長調であるなら,A-D-Gの音がルート(バス)になっている。
さらに,最初のIのバスを1転(つまり,ミ)にすると,
バス進行がミ-ラ-レ-ソとなり,五度進行がつながる。

これをもっと発展させ,ソ#-ド#-ファ#-シ-ミ-ラ-レ-ソ-ドと
つないでいくと面白い進行が出来る。

上記のバス進行に,どの和音を割り当てるかによって雰囲気は変わるが,
例えば,次のような感じにすることが出来る。

最初の「ソ#-ド#-ファ#-シ」の部分を前奏にし,
そこからハ長調の和音進行が続く。
当然,前奏部分は,ハ長調ではない(シは除く)。
したがって前奏に不安定感を持って行き,
ハ長調に入って安定する,という形である。
ちなみに,この曲の冒頭の和音は,G#maj7だ。

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2009年6月12日 (金)

曲が書けるということ

以前に示したことであるが,例えば,「かえるの歌」のようなつまらない旋律でも,
和音進行によって,かなり雰囲気を変え,説得力のある旋律に見せることも出来る。
他にも,伴奏型を変えることによっても,かなりの変化を持たせることが出来る。

なので,童謡のような旋律だからといって,
それだけで「かっこわるい」と断定してしまうのは,
自らの技術のなさを露呈させているにすぎない。

童謡のような旋律をかっこよく見せ,かっこいい旋律を童謡のように聴かせる,
このような技術を持って初めて,旋律のなんたるかを語ることが出来ると思うのだが,
どうだろう。

同じことは,和音進行に関する知識,またリズムに関する知識についても言え,
様々な形態の音楽を書くことが出来て初めて,
それらを理解したと言えるのではないだろうか。

単なる憶測で,あるいは妄想で,良い曲とはこういうもの,と論じたとしても,
何の説得力もなく,何も言っていないに等しい。
可能ならいつでも,言葉ではなく,音楽を示す必要があるだろうし,
自分で書けないなら,
最低限,他の人の曲(特に有名な曲)を分析してみせる必要がある。

ところで,ここのところ,同じ曲を少しずつ変化させて紹介しているが,
それは,理論を理解するとはどういうことかを示すためである。
特に気に入っている曲というわけではない。
実際,旋律,和音進行,リズムすべてにおいて,
ほとんど機械的に書いた曲である。
それでも,きちんと曲として認知されるであろう。
時間と気力があれば,何曲でも書くことが出来る,という類の曲だ。

つまり,なんらインスピレーションがなくても,曲は書くことが出来る。
それが,理論を理解するということだ。
そして,インスピレーションによるひらめきがあったとき,
その理論は,それを推進させる力となる。

インスピレーションだけなら,たいてい数小節で切れてしまう。
それを効果的につなぎ合わせ,曲として完成させるのが理論なのだ。

曲をまともに完成させる力のないうちは,とても理論を理解しているとは言えない。

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2009年6月 9日 (火)

勉強?

作曲するには,どうしても学習が必要である。
確かに,フィーリングだけで作れる人もいるかもしれない。
自分はどうなのかわからないというなら,フィーリングだけで作れるかどうか,
実際に作ってみれば,そういう類い希な才能を持っているかどうかすぐに判断できる。

もし,何曲か作ってみて,そういう才能に恵まれていないということがわかったなら,
やはり作曲を勉強しなければならない。
でも,自分は勉強に向いていない,と思うだろうか。
それは向いていないのではなく,やり方がわからないだけだ。

一般の勉強について考えてみると,どうすれば楽しく勉強できるかわかってくる。
すらすら問題が解けてしまうから,勉強ってつまらない,という人はまずいない。
普通,勉強が嫌いになるのは,全然わからなくて,勉強ってつまらない,と感じるからだ。

あ,なるほど,こういうことか,という発見があると,勉強は面白くてやめられなくなる。
自分がうれしいだけでなく,周りも褒めてくれる。
こうやって得意になっていくのだ。

作曲の勉強も全く同じである。
「自己流」でもいい,でも,「自己流」で終わってしまったら,何ら進歩はない。
「自己流」で,自分が気づいたことがあるだろう。
その時,これはどういうことなのかということを参考書で確かめれば,
必ず答えが載っている。
「ああ,なるほど,こういうことか」と納得する瞬間である。

そうやって,勉強が面白くなっていく。
そうではないだろうか。

最後に,作った曲の改訂版。
リズムを変えれば,簡単に曲のイメージを変えることができる。

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2009年6月 7日 (日)

食わず嫌いということ

よくあることで,わからないから嫌い,という感覚がある。
普通は情報不足と誤解がその根底にある。

そのことで何かを言うつもりはないが,
結局のところ,それを繕うためには「自己流」で体面を保たなければならず,
矛盾が矛盾を呼び,最後に行き詰まるのが関の山である。
事実,私が何度も経験していることである。
ただ,私の場合,一般の理論書で確認することにより,
比較的早い段階で,修正できているので,それが救いだ。
修正できる程度に理論書が理解できるだけでも幸せである。

最近は,本当に趣味で作曲を行なっている人間が多くなったらしい。
「自分の曲を作曲したい」という願望が芽生えるのは,中学時代からだそうだ。
私もそうだった。

でも,昔はそれを実現させる道具が少なく,
例にもれず,私も挫折した。
今の時代,パソコンによって簡単に実現できる。
夢のような時代になってしまった。
それでもやはり,まともな曲を作るには,
きちんとした学習は不可欠であるということを痛感している。

そうでないと,井の中の蛙となり,自分だけの世界に迷い込む。
いつまで経っても,曲にすらならない場合もあり,自己流に固執し,
食わず嫌いになっていく。
これは本当に残念だと思う。

ただ,学習というと,日本人の場合だけかもしれないが,
詰め込み教育のことが頭をよぎり,敬遠されるかもしれないし,
実際,理論を学んだ,というだけで一目置かれるという風潮は,
多くの素人音楽家たちの落ちこぼれ的後ろめたさに表われている。

また,1を聞いただけで,100を知ったかのように感じる感覚も
理論と感覚は相容れないという困った誤解を生みやすくなる。

理論を勉強した,という人々のいったいどれくらいの人が,
実際の楽曲を分析し,理論的な裏付けを確認しているだろうか。
実は,これが一番面倒であり,余程の意思の持ち主でないと行なう気にならない。
いわゆるアナリーゼというものだが,まともな曲を書くための基本である。
理論をちょっとかじっただけでわかった気になり,勝手に持論を展開していくと,
勝手に自分の理論らしきものを編み出し,自分の曲を自分勝手に解釈し,
自己満足する,ということになる。

今日のこの風潮は,私を含めてだが,ものすごい数の駄作を生み出し,
幸いにして,そのほとんどは人の耳に入らないからよいようなものの,
音楽家気取りの困った人たちを生みやすくする。
まあ,他の人に迷惑をかけなければ困りもしないか。

どんな時代にも,そう簡単には大成しないものである。
だから,人の失敗を見て,大言壮語することは控えようと思う。
……今日,このごろだ。

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2009年6月 6日 (土)

転調は計画的に……

転調は有用な方法だが,当然のことながら,
いい加減にやっても,いい加減なものにしかならない。

キャッシング(?)と同じように計画性が必要だ。
なぜ,その調に行くのか,どのようにつなげるのか,
そういう技術は身に着けなければならない。
と言っても,それほど難しいものではないのだが。

そして,常に主調(もしくは同名調)に帰らなければならない。
調的に安定している部分と転調して不安定になっている部分とが
交互に来て,基本的にABAの形式になるようにする。

要は,和音進行を小さな波とするなら,転調は大きな波である。

例えば,次のような転調を見て欲しい。

8小節は,ハ長調の和音進行である。
次の4小節は,ニ短調の和音進行,
そして,次の4小節は,ト長調の和音進行,
最後に,8小節のハ長調となる。

ハ長調をI,ニ短調をII,ト長調をVと見立てれば,
I-II-V-Iという形になっているのがわかるだろう。
つまり,大きなカデンツなのである。

この延長線上にフーガがあり,ソナタ形式がある。
転調は計画性が大事である。

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2009年6月 4日 (木)

ちょっとしたお遊びで

音を足してみた。
すべての和音を七の和音にし,小節数もほぼ倍にしてみた。

さらに,SonikSynth等を使って,ちょっとごちゃごちゃしているが,
何となく面白い音になった。

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2009年6月 3日 (水)

結構役に立つ書籍

これまで様々な音楽に関する書籍を購入したが,
その中でも,YAMAHAの新総合音楽講座のシリーズは,
なかなか役に立っている。

新総合音楽講座  1 楽典
             2 ソルフェージュ
             3 複旋律作法
             4 楽式
             5 コード進行法
             6 伴奏づけ
             7 和声法
             8 管弦楽法概論

というようなラインナップ(第9巻は,合唱に関するもので,持っていない)だ。
どれも安く(といっても全巻揃えると結構な額になるが),手に入れやすい。

対位法の代わりに,複旋律法となっており,実際的な内容になっている。
また,コード進行法と和声法,伴奏付けが別れていて,これも面白い。
独立したソルフェージュという分野があり,これも実践的なYAMAHAらしい。

購入したのはもうずいぶん前になる。
ちょっとした記憶違いや誤解を正したり,
専門用語を理解したり,改めて基礎を調べてみたりするときに
重宝している。

「自己流」ではあるのだが,きちんとこのような裏付けを取っているということも
一応述べておきたかったので,今回取り上げた。

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2009年6月 2日 (火)

和音ドミソが含まれる音階

前にも書いたが,ドミソの和音が鳴ったからといって,
それだけで,ハ長調と決まるわけではない。

それで,今度はそれを逆手にとって,
ドミソの和音だけで,どのような旋律が出来るかを検証してみた。
旋律といっても,あくまで実験に徹するために上下の音階にしてある。

ドミソの和音だけで,これだけ色とりどりの旋律を作ることが出来る。
もちろん,これだけでは曲としてのまとまりがなくなるので,
最後はきちんとハ長調の終止形を作っている。

音の進行をプログラミングするとは,こういうことだ。
ただ,今回の旋律そのものは無味乾燥であり,
可能性を示しただけなので,その点はあしからず。

でも,せっかくなので,もうちょっと旋律っぽいものを付けてみた。
そして,左手は,和声的な伴奏(簡易型)にして,それっぽく。

そして,さらなる拡張版。

頭を付けて,バランスをよくした。

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